古都


 京都の夏は暑い。
 久しぶりに学生時代の友人たちと遊びに来た。
 それも、女三人の色気のない旅。中学三年の修学旅行以来だから、かれこれ十云年。あの頃の京都は、ただ辛気くさい処でしかなく、修学旅行の名目上、興味のないお寺や建物を見て回らなければならなかった。
 修学旅行の楽しい思い出なんて、宿泊した旅館を抜け出してその頃つきあっていた彼とデートしたことくらいだった。
 今回の旅行で気がついた事だけど、私たちは年をとった。お寺も京都の古い街並みもみんなあの頃と違って見える。心が落ち着き、歴史の重みを感じ、古都の空気を感じている。もちろん日焼けを気にしながら。
 浴衣に団扇。旅館でおいしい京料理に舌鼓を打つ。あの頃と違うのは、テーブルにお酒があること。三人三様、みんな好きなお酒を口に運んでいる。私は、フルーティな風味の生酒を氷を入れたグラスで飲み、洋子は「焙炒造りよ」と得意げに生酒を飲んでいる。智美は私と洋子の料理批評を聞きながら、淡々と伏見のお酒を味わっていた。
 「明日は、酒蔵でも廻るか」洋子が叫んだ。ほんのりと頬が紅くなっている。結構、京都お酒が気に入ったみたい。
 私も、智美も異論は唱えなかった。





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結婚


 長女の小百合が結婚した。
 晩酌をしてくれていた小百合がいなくなり、ここ何日間か家で酒を飲まなくなった。
 寂しいものである。
 一緒に酒を酌み交わしていたわけではない。子供の頃からの習慣で、酒をついでくれるだけである。
 「これはあたしの仕事」と幼い頃の小百合の声が聞こえてくる。
 あれから二十年近くほぼ毎日晩酌してくれた。
 今は弘幸君に晩酌でもしているのであろう。
 寂しいものである。
 「ただいまー」次女の美和が帰ってきた。七時を少し回った時間である。会社に勤めるようになってから、こんなに早く帰ってくるのは初めてではないかと思えた。
 「さぁ、一緒に飲もうか」美和は帰ってくるなり、テーブルの上に酒を置いた。「吟醸生貯蔵酒」と書かれたお酒の栓をあけ、グラスに注ぐ。フルーティな香りと爽やかな飲み心地の酒だった。
 「お前、酒が飲めるのか」
 「お父さんの子供だし、このお酒だったら飲めるからさ」そう言うと美和は笑いながらグラスに酒を満たした。
 「よぉし、ご返杯だ」私は美和のグラスに注ぎながら、楽しみが一つ増えた事に感謝した。





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閃光


 誰もいない日曜日。
 母さんは、娘と二人で朝から銀座に買い物に行った。
 特に何もすることがなく、だらだらと時間が過ぎていった。
 昼は店屋物にするかと思ったが、散歩がてら商店街に買い物に行った。
 魚屋の店先に、バケツに入ったドジョウが目に入った。私はドジョウを買うと、酒屋により〈辛口〉のお酒を買って帰った。
 生きた活きのいいドジョウをボールに入れ、醤油を注いでドジョウが弱まるまで蓋をして置いておく。弱ったところで汁けとぬめりをよく取った後、片栗粉をまぶして油の海の中に入れてやる。片栗粉でお色直ししたドジョウが、油から出てくると「ドジョウの唐揚げ」と言う名に変わっていた。
 小皿にドジョウの唐揚げを盛りつけると、酒を持ってリビングへ行く。さっきまで明るかった空が、今では薄暗くなり一雨来そうな雰囲気だった。
 部屋の電気を付けようとしたとき、一瞬紫色の閃光が部屋を満たした。
 ちょっと間をおいてから空が鳴った。
 雷だ。
 私は、部屋の電気を付けるのをやめ、ドジョウとお酒を片手に夏の風物詩の観賞と決め込んだ。




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花火


 「花火やろうよ」明子が言った。
 お酒を買いに行ったら、おまけで花火をもらったらしいのだ。
 「教子の家は、縁側があっていいよね」充子は、クーラーが入っているのに窓を全開にして縁側に腰を下ろした。小さい庭だけど充子はとても気に入っている。
 旅行のパンフレットを見ながらワイワイ、ガヤガヤしている内に窓の外はすっかり日が落ちていた。
 軽く食事をとった後、お酒花火を持って縁側に腰を下ろすと、おつまみがないのに気づいた明子が騒ぎ出した。
 「でも、冷蔵庫には何も残ってないよ」
 「しかたない。この花火をつまみ代わりにするか」
 「えぇー、コレを食べるの」
 「馬鹿者っ」みんな笑い出した。
 花火に火をつけ、華やかに飛び散る赤や黄や緑の光を眺めながら、静かにお酒を飲む。何となくいい気分だった。誰も何も言わず静かに誰かが持っている花火を見つめる。
 「なんかいいよね」明子が言った。
 充子も私も黙ってうなずいた。
 美味しいお酒に、きらきら光る七色の花火が映っている。
 花火のおつまみも悪くないなと思った。



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誕生日


 今日は親父の誕生日だ。
 何かプレゼントでも、と思ったが何も思いつかなかった。
 定年間近の親父にネクタイとかタイピンというわけにもいくまい。デパートを何軒かまわってもコレと言うものがなく、酒屋の前を通りかかったとき日本酒が好きなのを思い出して迷わず店の中に入った。
 店内には日本酒しかなく、洋酒やビール、その他ジュースなどは、店の片隅に申し訳なさそうに置かれていた。
 日本酒の棚の前を往ったり来たりしていると、店の主人が話しかけてきた。
 僕は「生酒が欲しい」と言った。親父が飲んでいるのを見たことがあるからだ。
 何という名前か聞いてきたので、銘柄を言うと店の主人は笑って「生貯蔵酒」とかかれた酒を棚から取り出した。
 「生のままのお酒が、生酒。生で貯蔵して瓶詰めの時に一回火を入れるのを生貯蔵酒。知らないお客さんは、よく間違えるんですよ。銘柄によっては『貯蔵酒』の部分を小さく入れて生酒っぽく見せているのもありますからね」店の主人は、得々と酒の講義を始めた。
 私は主人の話を最後までしっかりと聞いていた。なに、今日の親父の誕生日は、ちょっとした日本酒談義になりそうな予感がしたからだ。




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郷愁


 社会人になって三年目。久しぶりに大学時代の友人と酒を酌み交わす事になった。
 友人の一人がうまいお好み焼き屋があるからというので、簡単にその店に決まった。その店の看板には広島風お好み焼きと書かれていた。
 「そういえば、おまえの出身広島だったよな」俺は友人の問いに軽く頷いた。
 東京に来てから広島風のお好み焼きを食べたのは初めてだった。大阪のは、何度も口にしていたが、広島風のは何となく嘘臭くて敬遠していたのだ。
 今回も広島風と聞いていれば、店をかえていたかもしれなかった。
 この店のお好み焼きは広島の味がした。酒も広島の酒が多数置いてあった。
 懐かしかった。
 広島にいたときは、高校生だったせいもあるが地元の酒など飲んだこともなかった。改めて飲んでみると、広島の酒は広島の味がした。
 酔いがまわってくると、俺は得意になって広島の自慢話をした。店の主人も広島出身で話に加わってきた。
 店を出る頃には、田舎の臭いが恋しくなった。たまには田舎に帰るか。
 そう思いながら、俺の足は友人達について次の店へ向かった。
 どうやら今度は九州の郷土料理を食わしてくれる店らしかった。



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ヤマメ


 ゼミの合宿最終日の前日、教授が突然「明日は、一日曇りのようだからヤマメでも釣りに行くか」と言い出した。
 賛同したのは私の他に芳恵と美穂の三人だけだった。
 まだ日の昇らない、夜といっても差し支えのない時間に起こされた私たちは、釣りなどというおじさん臭い趣味に賛同したことを後悔した。
 教授に言わせると水温が低くないとヤマメは釣れないそうで、私たちみたいな素人には日の出前の一時間で曇り日だったら釣れるかもしれないと言うのだった。
 教授の予想は、見事に外れた。釣れなかったのは、教授だけだった。私たちの成果は、芳美が三匹、私と美穂が一匹ずつ釣り上げた。ビギナーズラックという言葉が私たちの頭の中に走ったが、口から出た言葉は「やっぱり実力ですよ」
 「残念でしたね、教授」慰めるように芳恵は言った。
 「なにこういう日もあるさ」そう言うと川で冷やした酒をコップに注いで飲み始めた。
 教授は優しい目で川を眺め、静かに山の声を聞いていた。
 私もそして、芳恵や美穂も教授からお酒をもらい、一緒に山の声に耳を傾けていた。
 「また来たいね」美穂が言った。
 「この次は、彼氏に連れて来てもらうといい」
 「じゃ、ヤマメの前に彼を釣らなくちゃ」私が切実に言うとみんなの笑い声が山々に響き渡った。



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ソムリエ


 四谷にある懐石料理屋に招待された。
 「欅」という名の店だ。
 表通りの喧噪から外れた所にその店はあった。見た目は普通の一軒家で、小さな看板が出ている以外、お店らしい佇まいを見つけることはできなかった。
 料理はおまかせで、お酒だけを指名した。
 前菜と一緒にお酒が出てきた。彼は一口飲むと首を傾げていた。
 どうしたのかと聞くと、どうも注文したお酒と違うらしい。
 少しすると背中を丸めた気のよさそうな老人が座敷に現れた。
 「おたのみしたお酒と違うので、変だと思いましたか?」老人はにこやかに笑っていった。
 「前菜はイカの沖漬けだったので、濃醇辛口のお酒が合うと思いまして、勝手にかえさせていただきました。本日のコースは旬の魚を用意していますので、次の刺身の盛り合わせには淡麗辛口のお酒をご用意させていただいております。お酒も料理も作り手が一生懸命丹精込めて造ったものですから、お互いに殺し合う食べ方ではなく、お互いが引き立つような組み合わせで食事をしていただきたい。そう私は思っています。ですが、どうしてもあの酒でなければというのであれば、私は控えさせて
いただきます」
 「日本酒のソムリエですね」彼は笑っていった。
 「恥ずかしながら」老人は笑顔で答えた。
 「予算の許す範囲で、美味しいお酒と美味しい料理をお願いします」
 その日は、本当に美味しい一日だった。



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沢川沙樹です。
小説書いています。
たま~に画も描いたりしています。

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