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ソムリエ


 四谷にある懐石料理屋に招待された。
 「欅」という名の店だ。
 表通りの喧噪から外れた所にその店はあった。見た目は普通の一軒家で、小さな看板が出ている以外、お店らしい佇まいを見つけることはできなかった。
 料理はおまかせで、お酒だけを指名した。
 前菜と一緒にお酒が出てきた。彼は一口飲むと首を傾げていた。
 どうしたのかと聞くと、どうも注文したお酒と違うらしい。
 少しすると背中を丸めた気のよさそうな老人が座敷に現れた。
 「おたのみしたお酒と違うので、変だと思いましたか?」老人はにこやかに笑っていった。
 「前菜はイカの沖漬けだったので、濃醇辛口のお酒が合うと思いまして、勝手にかえさせていただきました。本日のコースは旬の魚を用意していますので、次の刺身の盛り合わせには淡麗辛口のお酒をご用意させていただいております。お酒も料理も作り手が一生懸命丹精込めて造ったものですから、お互いに殺し合う食べ方ではなく、お互いが引き立つような組み合わせで食事をしていただきたい。そう私は思っています。ですが、どうしてもあの酒でなければというのであれば、私は控えさせて
いただきます」
 「日本酒のソムリエですね」彼は笑っていった。
 「恥ずかしながら」老人は笑顔で答えた。
 「予算の許す範囲で、美味しいお酒と美味しい料理をお願いします」
 その日は、本当に美味しい一日だった。



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ヤマメ


 ゼミの合宿最終日の前日、教授が突然「明日は、一日曇りのようだからヤマメでも釣りに行くか」と言い出した。
 賛同したのは私の他に芳恵と美穂の三人だけだった。
 まだ日の昇らない、夜といっても差し支えのない時間に起こされた私たちは、釣りなどというおじさん臭い趣味に賛同したことを後悔した。
 教授に言わせると水温が低くないとヤマメは釣れないそうで、私たちみたいな素人には日の出前の一時間で曇り日だったら釣れるかもしれないと言うのだった。
 教授の予想は、見事に外れた。釣れなかったのは、教授だけだった。私たちの成果は、芳美が三匹、私と美穂が一匹ずつ釣り上げた。ビギナーズラックという言葉が私たちの頭の中に走ったが、口から出た言葉は「やっぱり実力ですよ」
 「残念でしたね、教授」慰めるように芳恵は言った。
 「なにこういう日もあるさ」そう言うと川で冷やした酒をコップに注いで飲み始めた。
 教授は優しい目で川を眺め、静かに山の声を聞いていた。
 私もそして、芳恵や美穂も教授からお酒をもらい、一緒に山の声に耳を傾けていた。
 「また来たいね」美穂が言った。
 「この次は、彼氏に連れて来てもらうといい」
 「じゃ、ヤマメの前に彼を釣らなくちゃ」私が切実に言うとみんなの笑い声が山々に響き渡った。



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郷愁


 社会人になって三年目。久しぶりに大学時代の友人と酒を酌み交わす事になった。
 友人の一人がうまいお好み焼き屋があるからというので、簡単にその店に決まった。その店の看板には広島風お好み焼きと書かれていた。
 「そういえば、おまえの出身広島だったよな」俺は友人の問いに軽く頷いた。
 東京に来てから広島風のお好み焼きを食べたのは初めてだった。大阪のは、何度も口にしていたが、広島風のは何となく嘘臭くて敬遠していたのだ。
 今回も広島風と聞いていれば、店をかえていたかもしれなかった。
 この店のお好み焼きは広島の味がした。酒も広島の酒が多数置いてあった。
 懐かしかった。
 広島にいたときは、高校生だったせいもあるが地元の酒など飲んだこともなかった。改めて飲んでみると、広島の酒は広島の味がした。
 酔いがまわってくると、俺は得意になって広島の自慢話をした。店の主人も広島出身で話に加わってきた。
 店を出る頃には、田舎の臭いが恋しくなった。たまには田舎に帰るか。
 そう思いながら、俺の足は友人達について次の店へ向かった。
 どうやら今度は九州の郷土料理を食わしてくれる店らしかった。



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誕生日


 今日は親父の誕生日だ。
 何かプレゼントでも、と思ったが何も思いつかなかった。
 定年間近の親父にネクタイとかタイピンというわけにもいくまい。デパートを何軒かまわってもコレと言うものがなく、酒屋の前を通りかかったとき日本酒が好きなのを思い出して迷わず店の中に入った。
 店内には日本酒しかなく、洋酒やビール、その他ジュースなどは、店の片隅に申し訳なさそうに置かれていた。
 日本酒の棚の前を往ったり来たりしていると、店の主人が話しかけてきた。
 僕は「生酒が欲しい」と言った。親父が飲んでいるのを見たことがあるからだ。
 何という名前か聞いてきたので、銘柄を言うと店の主人は笑って「生貯蔵酒」とかかれた酒を棚から取り出した。
 「生のままのお酒が、生酒。生で貯蔵して瓶詰めの時に一回火を入れるのを生貯蔵酒。知らないお客さんは、よく間違えるんですよ。銘柄によっては『貯蔵酒』の部分を小さく入れて生酒っぽく見せているのもありますからね」店の主人は、得々と酒の講義を始めた。
 私は主人の話を最後までしっかりと聞いていた。なに、今日の親父の誕生日は、ちょっとした日本酒談義になりそうな予感がしたからだ。




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花火


 「花火やろうよ」明子が言った。
 お酒を買いに行ったら、おまけで花火をもらったらしいのだ。
 「教子の家は、縁側があっていいよね」充子は、クーラーが入っているのに窓を全開にして縁側に腰を下ろした。小さい庭だけど充子はとても気に入っている。
 旅行のパンフレットを見ながらワイワイ、ガヤガヤしている内に窓の外はすっかり日が落ちていた。
 軽く食事をとった後、お酒花火を持って縁側に腰を下ろすと、おつまみがないのに気づいた明子が騒ぎ出した。
 「でも、冷蔵庫には何も残ってないよ」
 「しかたない。この花火をつまみ代わりにするか」
 「えぇー、コレを食べるの」
 「馬鹿者っ」みんな笑い出した。
 花火に火をつけ、華やかに飛び散る赤や黄や緑の光を眺めながら、静かにお酒を飲む。何となくいい気分だった。誰も何も言わず静かに誰かが持っている花火を見つめる。
 「なんかいいよね」明子が言った。
 充子も私も黙ってうなずいた。
 美味しいお酒に、きらきら光る七色の花火が映っている。
 花火のおつまみも悪くないなと思った。



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Author:SAWAKAWA・SAKI
沢川沙樹です。
小説書いています。
たま~に画も描いたりしています。

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